子ども新聞の和訳記事。きょうはジュール・フェリーについてです。

ジュール・フェリー ナダール撮影


Jules ferry et l'école expliqué aux enfants | 1jour1actu - Les clés de l'actualité junior 1 janvier 2013

Portrait n°1 : Jules Ferry, le fondateur de l’école
肖像#1:ジュール・フェリー、学校制度の創設者

あなたの学校の名前は彼の名がついているかもしれませんね。でもその名前の背後にいったい何が隠されているのか聞いたことがありますか?

1jour1actuは冬休みのあいだ、人物紹介シリーズをお送りします。学校の歴史に関係のある有名な人物をすべてカバーします。最初の人物はジュール・フェリーです。

きょうの肖像

私の名前
ジュール・フランソワ・カミーユ・フェリーですが、ジュール・フェリーとしてより知られています。私の父はシャルル=エドワルド・フェリーといい弁護士です。母の名前はアデル・ジャムレです。

誕生日
1832年4月5日です。ヴォージュ地方のきれいな山の中で幼年期を過ごしました。そこのサンディエ中学で学びました。私の家族は裕福だったので、ストラスブールの高校で勉学を続けることができました。

私は幸運でした。その時代はみんなが学校へ行けたわけではありません。授業は有料だったからです。

私の職業
その後弁護士になるためパリに出ました。資格をとった後、政治家の弁護を始めました。弁護士業のかたわら、ル・トンという新聞の記者もしていました。

私の好きなこと
政治です。職業柄、その時代の大人物にたくさん会いました。私はあまりに政治が好きだったので、自分も政治家になることに決めました。1869年に代議士になり、もっとあとに、大臣にまでなりました。

私が学校のためにしたこと
私の時代は、小学校はほとんど男子のためのものでした。女子の学校もありましたが、すべての街や村にあったわけではありません。全員が学ぶ権利を持っていたのではないのです。

しかも学校は高額でした。子どもを学校へやる十分なお金を持っていない親がたくさんいました。

私が教育相になったとき、学校に関する新しい法律を作ることができました。1881年と1882年に無料で政教分離した義務教育を開始しました。

その時以来、フランスの子どもたちは全員学校へ行けるようになりました。これは本当に大きな変化で、今日、学校が無料なのは私のおかげなのです。

人は、時々私のことを« le père fondateur de l’école »『教育の父』と呼びます。私は1893年、パリで亡くなりました。

私が学校を定義する言葉
無料、ライシテ(政教分離)、ためらうことなく

私の名前は
500以上のフランスの幼稚園や小学校の名前になっています。教育の歴史に名を残している偉人の中で私の名前が圧倒的によく使われています。

あすのこのシリーズでは、ルイーズ・ミシェルを紹介します。


きょうの用語
instruction = enseignement 何かを誰かに教えること。
député 代議士 国民を代表する議会に参加する人


きょうの単語  laïcité ライシテ
「共通の、人々の」という意味のラテン語 laïcus が語源
ライシテは宗教と国の政治をはっきりと切り離す原則
フランスではこの原則は1905年にできた。この時代は、カソリックがフランス社会に大きな影響を与えていた。

ライシテの原則は個人や集団が自分たちの考えを他人に押し付けて相手の自由を侵すべきではないともしている。フランスだけでなく、ポルトガル、トルコ、ベルギー、オランダ、メキシコ、カナダ、インド、日本、そしてベナンもこの原則を取り入れている。


※単語メモ
bien 疑問文で pouvoirと一緒に。いったい
Qu'est-ce que ça peut bien être ? いったい何だろう?
en tête de ~の先頭に
Je suis loin en tête devant d’autres grands noms